続・神戸キリン物語


おぉ〜い、お元気ですかぁ〜
僕は神戸きりん。
(神戸を遠く離れた今でもそう思ってる。。。)

あ、僕のことをご報告します。
去年の4月12日、お迎えの船に乗って僕たち神戸きりん3頭は神戸を発ってその月の終わりにはインドの西海岸プジャラート州のピパバブ港に無事に到着しました。

日本での最後の地となった六甲アイランドでは、船が出港する時も見送ってくださってたと後で知って。。
ありがとうございます。     

 

それから僕たちが働けるように準備が整ったのが5月半ば。
このピパバブという港は世界有数の船社を親会社にもつ港。
インドという国は10億人を超える人口を持ち、今発展途上の国なんだ。
そして僕たちのいるピパバブ港には欧州航路の玄関口にあたり、これからも僕たちはインドの人たちにとても必要とされてるんだ。
 

息つく暇もなく働き、夕焼けを見る頃、いつも神戸の美しい夜景を思い出す。

あの光景は僕の心の宝物。
    

 

そして、そう、この1月17日であの阪神淡路大震災から10年がたったんだね。
その日の朝、、遠くインドの地で黙祷をささげました。

震災は本当に恐ろしいできごとだった。


そしてなんということか、去年の暮れに途方もない大地震がインドネシアで起こってしまった。。。
津波が来たのは地震が起こって間もなくのことだった。



  

 

僕たちのことを心配してくださった皆さん、安心して。
幸い、僕のいるピパバブはパキスタンに近いインドの西海岸だったから被害は少なかったけれど インドの東海岸や、セイロン、モルディブ、そしてまわりの国に信じられない津波の被害があった。
神戸の地震のときも、僕はこんな恐ろしいことはないと思ったけど今度は地震の次に大きな津波が襲ってきた。
僕は神戸にいたときから地震があると次に津波だと思っていつもびくびくしていたけれど、このアジアの国の人たちは 津波には無防備だった。
    
 

こんな大きな地震の後には津波が来るということを皆は知らなかったんだ。
聞くところによると30万人を超える犠牲者の数だとか。
心から祈ります。
もう二度とこんなつらい光景を見たくありません。
今年は神戸で「国連防災会議」が開かれたんだってね。
かけがえのない命を守るにはどうしたらいいかを皆と一緒に考えていけたら。。。
災害に強い街づくり、命を守れる街に。
あの阪神大震災を超えてきた神戸が世界に発信することは多いと思うよ。

 

あの10年前の地獄のような神戸、今は見違えるように美しくなったね。
でも二重ローンをかかえたり辛い日々を送っている方もたくさんおられるんだよね。
亡くなられて何日もたって発見される寂しい孤独死のニュースが絶えないのも悲しい。

がんばれ、神戸!

何年たっても震災の記憶の風化なんてないと思うよ。

 

折りしも10年後の1.17には朝と昼と2度も大きな虹がかかったと風の便りに聞いたよ。
僕はそれを聞いたとき、涙がこぼれた。。。
あの震災で親を亡くしたレインボーハウスの遺児が描いた虹は黒かった。
今はきれいな七色の虹が描けているだろうか。

美しい神戸の街にかかる虹。
復興を約束する虹。
亡くなられた方々への鎮魂の虹。

    

画像提供:katoさん
1.17 午前9時過ぎの虹
神戸中央市民病院より

 

画像提供:Captain Teaさん
1.17 午後3時過ぎの虹
神戸メリケンパークオリエンタルホテルより

おぉ〜い、遠いインドで僕たちは元気でいます!
たまには僕たちのことを思い出してね。。。
いつも楽しかった神戸での日々を思い出してるよ。

ではまた、いつの日か!
   

  

 

P.S. 神戸きりんの行き先を突き止めてくださったけろさん及びけろがこ神戸調査隊、ご協力くださいましたK様、ありがとうございます。
最後に、スマトラ沖地震、インド洋大津波で犠牲になられました方々のご冥福をいのります。
2005.1.30

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