あれはどのくらい前のことだったか。。。 ボクはたくさんの仲間たちと一緒に ポーアイに立っていたんだ。
その頃はにぎやかで、昼間一生懸命働いた後、 |
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それは寒い冬の日だった。 もうすぐ夜明けだと夢うつつの時に足元が、 大地が動いた! 信じられないことが起こったんだ、この神戸に。
ボクの大好きな神戸の街がメチャクチャになってしまったんだ。 |
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大変なことが起きたとわかったのは 大分あとになってからだった。 長いこと仕事の船が着かなかった。 岸壁が壊れてしまったから。 そして岸壁が修理されてからも帰ってこない船があったっけ。 その頃から仲間たちがいつのまにか減ってしまったんだ。
そんな時にボクの隣にきてくれたのが神戸丸だった。
気がつくと、あれ?ぼく一人。 |
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それからは寂しくなんかなかったよ。 ボクを見まもってくれるたくさんの視線を感じたから。 そしてボクと一緒に夕陽を見ていた人が いっぱいいたとわかったから。
そして神戸丸とボクはいつも一緒だった。 |
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そうそう忘れられないのは神戸港の海上花火大会。 あの時はまだまだ陽が高いうちから ボクの周りに三脚を立てる人、お弁当を広げる人、 場所取りをする人でとてもにぎやかだった。 花火を待つ間に隣の浴衣姿のお嬢さんを撮る人がいて 僕はクスリと笑ったよ。
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だんだん陽が落ちてきて、 息も止まるほどの夕焼け空になった。 もう空が雲がこの世のものとも思われない色に なってきて、我を忘れてしまった。
大空の壮大なドラマを見た!
目をつぶると今もその時の様子をまざまざと思い出す。
それから花火がはじまった。 |
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皆の歓声が響き、 どっかぁ〜んと大きな花火が神戸港に広がった。
皆と見る花火は最高だったなぁ!
その夜ボクは花火の夢を見た。
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ボクの目の前にある大きな造船所で進水式があるんだ。 大きなクス球が割れて 僕の目の前に生まれたての船が進水してくる様は 胸が震えた。
昔はたくさんの船が作られた神戸。
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それからボクのいるポートアイランドに たっくさんの人がどっとやってきたことがある。 サザンのコンサートが開かれたんだ。
なんでも7万人もの人が僕の周りで
でも、もう楽しくて楽しくて皆と一緒に歌ってしまった〜
思い出せばあの頃が一番、 |
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そして… 神戸丸がいなくなったんだ。
神戸ー高松のフェリーの代船で時たま
風の噂に韓国に行ったとか。 |
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そしてボク。 ロクアイの2頭の仲間たちと インドへ行くことになったんだ。
それを知ったとき、涙がでたよ。 ボクはお迎えの船に乗った。 |
画像提供 TOMさん |
画像提供 けろさん |
そう、ボクは神戸キリン。 ボクが立っていたポートアイランドは 神戸で一番仮設住宅がたくさん建ったところだった。
あれから10年。 |
辛い時、苦しい時 神戸で見たあの楽しかった花火大会、 皆と見た夕陽を思い出すよ。
神戸の皆さん、最後まで見送ってくれてありがとう。
海から
忘れない。神戸のことは。 -2004.4.12 神戸キリン旅立ちの日に- |
画像提供 TOMさん |