旧居留地

18番


大日明石町ビル 神戸市中央区明石町18-1



泰和ビル 神戸市中央区明石町18番地



1868年(明治元年)ワルレン・テンソン(米)

1870年(明治3年) 5月21日付け「ヒョーゴニュース」で18番でのプロテスタントの
          最初の本格的な定期礼拝が報じられた。

1886年(明治19年)●ランクフェルト及メアル商会 舶来荒物商人
  
           ●薬種館 エ・シ・シム
 
1897年(明治30年)●エス・ムーツリ商会 業務:欧米各種楽器輸入並ニ調音修復

         ●エー・シー・シーム商会 業務:ラムネ製造、諸薬品他

         ●英米日貿易商会 業務:輸出入

1905年(明治38年)●兵庫ホテル(英)

         ●エー・シー・シーム商会(英)
           営業種目:諸薬品、香水、石鹸類、及びラムネ製造業

         ●ライオン商会 営業種目:貨物陸揚及び船積諸負業

         ●バックニル・フォーラー(英)医師


アレキサンダー・カメロン・シム

彼は明治3年に長崎からやってきたスコットランド人。
彼は薬剤師で居留地の薬局(レウエリン商会)に
勤めていましたが、独立して貿易の仕事をするように
なりシム商会を起こしました。。

また、ラムネ(レモネード)の製造、販売で大いに
人気を得、ラムネのことを「18番」と呼ぶようになりました。

品質と味が飛びぬけてよく、他のメーカーのものより
価格が高いのにもかかわらず、非常に人気を博しました。
特に明治19年にコレラが流行ったときは、コレラに効く
といううわさがたちラムネは爆発的に売れたそうです。

ところで昔のラムネは今見るような玉を落とすような形
ではなかったようです。

「最も古くは尖底がキュウリ形をしており、
コルクで詰めて針金で止めていた。
その後、人形ビンが生まれ、さらに改良されて今の玉ビン、
ねずみ形が生まれたのである。
玉ビンももとは白色で今よりも大きく、現在の形に
なったのは明治末期であった。」
(神戸財界開拓者伝)

 

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